miho様からのリクエスト
「お部屋でぬくぬく休日な二人」です。


パジャマデート

 彼はまず始めに、ふところが“暖かい”と思った。
 次に、その暖かさは、質量を伴っていることに気づいた。
 要するに、暖かい“なにか”を抱いているだけなのだが、なぜ、“なにか”を抱いているのか、“なに”を抱いているのかが分からなかった。
 今日は休日のはずだ。いつもは精力的な彼には珍しく、朝寝を決め込んでいたから、寝入るのも遅っかった。それは合方も同じである。そう、彼が同じベッドで眠る人物は決まっているのだから、いま彼のふところにいるのはその少年でしかあり得ない。
 ここまで半睡状態の頭で考えたとき、そのふところの中身がくしゃみをした。一気に目が覚め状況を把握する。彼は、合方というか伴侶とでも言うべき少年と、抱き合って寝ていたのだ。腕枕は割としょっちゅうする。少年のほうが抱き着くようにして寝ることもある。だが、抱き合って、と言うより抱き枕を抱きしめるようにして眠ることなど初めてだった。
 なぜこんな体勢になったのか、と思うと同時に少年の目が半開きになり、
「…多一郎さん、寒い…」
言うなり、多一郎が起きたためにできた隙間を埋めるべく、ぴったりと身を寄せてきた。
 言われてみれば、寒い。かなり肌寒い。涼とくっついているところだけが暖かく、なるほど、この冷気の所為でお互い暖め合うために抱き合っていたのだ。
それにしても、なにゆえこんなに寒いのか。北斗邸の空調は、常に適温を保つように調整してあるはずなのだ。それなのに、秋も終わろうとしている頃の早朝そのままに、寒い!
(おこん!おこんはいるか!?)
 しっかりと抱き着いている涼を放り出すことができるはずもなく、仕方なくベッドの中から遠話をなげかけた。
(お目覚めでございますか、若)
 返ってきた返事は明らかに取り乱している。多一郎がなにを言うのか分かってはいるが、自分からは言い出せないという感じだ。
(この気温はなんだ?このままでは涼が風邪をひく。早く空調をいれろ!)
(それが、その…。屋敷中の空調が全部壊れておりまして。原因をいま調べているところでございます)
(なるべく急げ)
(御意)
 いっそ起きてしまえばいいのだが、それだといつもと変わりがない。今日と言う休日は日がな一日、涼とベッドでだらだら過ごしてみようと、多一郎にとっては一大決心をしていたのだ。それなのに、この寒さではだらだらするどころではないではないか。
「…多一郎さん、今朝は何でこんなに寒いんですか?」
 結局、涼も眠っていられなくなったらしい。
「すまない、空調が故障しているらしい。いま調べさせてはいるんだが…」
 見れば、よほど寒いのか、背中を丸めて小刻みに震えている。手足の先も血がかよわず白くなって冷たい。 多一郎は涼の背後にまわり、背中からすっぽりと涼の身体を抱き込んでやった。前からブランケットをかぶせ、両手を自分の手で包んでやる。
「背中が寒くない方がいいだろう。少しはマシになったか?」
「すみません、寒いの得意じゃなくて…」
 多一郎は、これはこれで悪くないかもしれないと思った。密着度もさることながら、涼に頼りにされている感じが、多一郎に幸福感をもたらすのだ。しかし、それも長くは続かなかった。コンコンッ、と遠慮がちなノックの音が聞こえたからだ。
「誰だ?」
「おさよでございます。朝食をお持ちいたしました。いかがなさいますか?」
 ドア越しの声も遠慮がちである。
「…わかった、そこへ置いておけ。空調のほうは何か分かったか?」
「それがいまのところ皆目。配電盤に異常が見られませんので、配線を調べるために屋敷中にオサキを放っております」
「そうか…」
「あの…、早めの寒波が来ているそうで、今日は冬並の寒さになるそうです」
 どうりで寒いはずである。これで空調が利かないのでは最悪だ。誰が悪いわけでもないから怒鳴り散らすわけにもいかない。
「多一郎さん、アレは使えないんですか?」
会話を聞いていた涼がおもむろに言った。
「アレ?」
「となりの部屋に、暖炉があるでしょう?」
 そういえば、重厚な趣の暖炉が確かにある。今ではただの飾りだが、多一郎の祖母、礼津の娘時分には現役だったはずである。
「おさよ、そこの暖炉はすぐ使えるか?」
「はい?煙突の蓋をはずせば、まだ使えるとは思いますが…」
「よし、僕達が朝食を食べている間に使えるようにしておけ」
「は、はい、承知いたしました!」
 勢いのいい返事を残して、おさよはパタパタと急いで出ていった。
 多一郎は、隣の部屋のドアが閉まるのを聞いてから寝室と隣をつなぐドアを開け、おさよの残していった朝食の乗ったワゴンを持ってきた。
「今日は特別にベッドで朝食だ」
「え?いいんですか?」
「寒いなら、さっきと同じ体勢で食べるか?」
「!で、でも、食べにくいですから。こぼしたりしておこんさん達の仕事、増やしたりしたら悪いし」
 結局、二人並んでベッドで食べた。なんとなく、当初の予定どうりの展開に、悪い気はしない。考えてみれば、“ベッドでだらだら”が“暖炉の前でだらだら”に変わっただけではないか。
 食後のコーヒーで少しは暖まったが、まだ寒気がするようなので、多一郎は涼に風呂に入るように言った。 着替えのパジャマを持たせ、寝室に付いている浴室へ送る。
「パジャマからパジャマに着替えるの、変じゃないですか?」
「いいんだ、今日はこれで過ごす」
 涼は腑に落ちない様子だったが、それ以上なにも言わなかった。いつもと少し様子の違う多一郎にとまどいながらも、『多一郎のすることだから』と、任せきっているのだろう。
 涼が風呂にはいっている間に暖炉の様子を見に行くと、さすがに手際のいい狐のこと、暖炉の脇にはどこから調達したものか薪が二十本ほど積まれ、すでに暖炉の中には明々と暖かな炎が燃えていた。近くのソファには新しく用意した毛布まで置いてあり、なかなかの気遣いである。
「多一郎さん?お風呂空きましたけど」
 声に振り向くと、湯上がりの涼が立っていた。血の気の戻った唇が湿り気をおびて紅い。多一郎は、その場に押し伏せたい衝動を押さえ、涼を暖炉の前に座らせると毛布を掛けてやった。
 その後は、涼を抱きしめたり、膝枕をしたりされたり、うたた寝をしたりと、怠惰の限りを尽くした。そうやって一日を無為に過ごしながら、涼に甘えてみたかったのだなと気づいた。
 こうして、北斗多一郎の“だらだら休日”は過ぎていったが、そんな多一郎に、空調の異常は鼠が配線をかじったためである事はどうでもいい話だった。
                                          ヲワリ


すみませ〜ん(T_T)
激甘SSという注文だったんですが、糖度が足りませんね。
実は、始めに書いていたSSが長くなった上に筆が滑り出してしまって、お題と合わなくなったので書き直ししました。
多ーさん、何がしたかったんだろう…。
2003.10.17 UP


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